いい、センスだぁ!(笑)さて、そんなどこかのアダムスカは置いておきまして、戦国無双2でもどうも高齢者、中高年がかっこよすぎます。
例えば島津の大将・義弘、柴田勝家、あとはこちらの方はどうかとは思いますが、本多忠勝……男がかっこよすぎます(笑)まぁ浅井のようなイケメンもいいでしょうが、生き様で魅せられてしまった私には最初に挙げた人々にぞっこんです(笑)一応挙げた方々の経歴? のようなものを載せておきます。
島津義弘
恐らくこの方を語るならば、朝鮮の役か関が原の敵中突破でしょうね。朝鮮出兵の際に起きた泗川(しせん)の戦いという戦いで、20万から約1万5000人(諸説あり)の敵兵を相手にわずか7000の兵を持って撃破し、最大の戦果であると評されました。数にかなりばらつきがあるのは否めませんが、仮に最も少ない数であったとしても2倍でしょうから、その働きは十分すぎると思われます。その後の海戦でも苦戦ながら戦略目標を達して加増を受けております。
関が原の合戦では三成との確執が合ったとか言われています。しかしそれが1500名という寡兵に繋がったのではなく、そもそも国許(本拠地)がどうも不穏な空気だったとか聞いたことがあります。それと義弘自身が動かせる人員っていうのも少なかったようです。まぁ……島津の1500人と侮るか恐れるかは自明の理な気もします(笑)関が原が終わりを迎える頃に、彼らは一斉に的中突破を行います。当然ながら徳川方の猛将たちが襲い掛かりますが、井伊、松平両名は負傷し、その後その傷が元でこの世を去ります。このとき島津軍が用いた戦法は壮絶極まりないものです。
それはなにか? 少人数の部隊があります。これがその場に留まり敵を食い止めます。ようは大将を逃がすために部下達が”玉砕の覚悟”を持って敵に当たり、それらが果てればまた新手がその任を勤めるというものです。この玉砕役と言ってはなんですが、足止め役には島津豊久(義弘の甥)などの重臣もがそれを担っていたのです。もはや一人のために1500人が総玉砕の覚悟で持って向かっていったといっても過言ではないと言えます(ただ実際はちゃんと生き残って帰った方もいます)。
(´Д⊂グスン うぉぉ、島津万歳♪(笑)尚生き残った方といいましたが……私もその正確な数は知らなかったのですが、Wikiによると80名だったそうです。……生存率約5%。
本田忠勝
この方は書く必要はない気がします(笑)面白いのはこの方は”戦で負傷したことがない”というエピソードはあるそうですが、どうも”負傷”はしたことあるんですね(笑)死ぬ直前に短刀で指を切ったらしいですが、その後になくなっています。生涯最初で最後の傷、ってことですね。
柴田……。まぁいいでしょう、この方は(コラ!(笑))
とにもかくにも戦国無双は親父が熱い、これは鉄板ですヽ(´ー`)ノ
島津義弘
恐らくこの方を語るならば、朝鮮の役か関が原の敵中突破でしょうね。朝鮮出兵の際に起きた泗川(しせん)の戦いという戦いで、20万から約1万5000人(諸説あり)の敵兵を相手にわずか7000の兵を持って撃破し、最大の戦果であると評されました。数にかなりばらつきがあるのは否めませんが、仮に最も少ない数であったとしても2倍でしょうから、その働きは十分すぎると思われます。その後の海戦でも苦戦ながら戦略目標を達して加増を受けております。
関が原の合戦では三成との確執が合ったとか言われています。しかしそれが1500名という寡兵に繋がったのではなく、そもそも国許(本拠地)がどうも不穏な空気だったとか聞いたことがあります。それと義弘自身が動かせる人員っていうのも少なかったようです。まぁ……島津の1500人と侮るか恐れるかは自明の理な気もします(笑)関が原が終わりを迎える頃に、彼らは一斉に的中突破を行います。当然ながら徳川方の猛将たちが襲い掛かりますが、井伊、松平両名は負傷し、その後その傷が元でこの世を去ります。このとき島津軍が用いた戦法は壮絶極まりないものです。
それはなにか? 少人数の部隊があります。これがその場に留まり敵を食い止めます。ようは大将を逃がすために部下達が”玉砕の覚悟”を持って敵に当たり、それらが果てればまた新手がその任を勤めるというものです。この玉砕役と言ってはなんですが、足止め役には島津豊久(義弘の甥)などの重臣もがそれを担っていたのです。もはや一人のために1500人が総玉砕の覚悟で持って向かっていったといっても過言ではないと言えます(ただ実際はちゃんと生き残って帰った方もいます)。
(´Д⊂グスン うぉぉ、島津万歳♪(笑)尚生き残った方といいましたが……私もその正確な数は知らなかったのですが、Wikiによると80名だったそうです。……生存率約5%。
本田忠勝
この方は書く必要はない気がします(笑)面白いのはこの方は”戦で負傷したことがない”というエピソードはあるそうですが、どうも”負傷”はしたことあるんですね(笑)死ぬ直前に短刀で指を切ったらしいですが、その後になくなっています。生涯最初で最後の傷、ってことですね。
柴田……。まぁいいでしょう、この方は(コラ!(笑))
とにもかくにも戦国無双は親父が熱い、これは鉄板ですヽ(´ー`)ノ


