CKDV、最近買ったゲームのAARです。まだ始めたばかりで、正直面白い展開になるとは思っていなかったため、以前(他のゲームで)書いたAARのように大量のSSを用意していません(恐らく推定でSS量は1/10程度です(HoI2のときなんてSSだけで云千枚にもなりましたからね。ゲームが長時間に及ぶからということもありますが(笑))。
 ですので特に序盤はSS量が低いため、周辺諸国で何が起こってたのかすら把握していません。そんなgdgdAARですが、お暇な方はご覧ください。

 主人公はウルリヒ・フォン・ヴァイマール(わいまーる?)1世です。前回紹介したデフォ当主です。時代は1067年から始まります。場所は現在のスロベニア共和国の領土、イタリアの付け根です。
 ウルリヒ・フォン・ヴァイマール・クライン及びイストリア伯爵、1035年生まれ。彼の父はすべに没しており、任された領土は2プロヴィンスでした。決して肥沃とはいえない土地ではあったものの、ドイツ皇帝の配下として忠誠を誓わねばならなかったのです。廷臣は二人、決して事が足りる人数ではありませんでしたが王は精力的に政務に励んでおります。(余談ですが超遠戚筋にはブランデンブルグ及びザクセン公爵家にオダ・フォン・ヴァイマールという女性がおります(かなり先の話ですが))

 翌1067年2月には期待の嫡男ウルリヒ2世の教育方針で伯爵の裁定が下る。
 「余の手で育てたい」
 当時は下級貴族か教会、または乳母が育てることが慣習としてあったものの、彼は自身での養育を望み育てることとなったのです。一説では彼自身が”非嫡出児”であるからと言われているがそれは不明とされております。そして伯爵は国家安泰のためなのか”可愛い娘に一目惚れ(笑)”をしてしまいます。それによって生まれることになったのが、後のハルトマン様です。
 そのような禁断部分を孕みながらのスタートであったものの、幸いドイツ帝国(正確には当国)は戦火を免れていた為、子供の教育方針の決定がこの年以降の彼の仕事となっていったのです。1067年12月には一人娘のリヒガルトの教育を乳母に任せ、国富の緊縮に勤めました。

 1068年3月、参謀(密偵頭)がある進言をしてきたのです。
「伯爵、恐れながら……ハルトマン様についてですが、非嫡出児を囲っているというのは教会より非難を浴びる可能性があると思われますが」
「……それはたしかに一理ある。しかし我が領国に、お前ほどの人材はそれほど多くない。この後の発展を考えれば、嫡出かどうかで彼を殺すかどうかを論じるのは適切ではない」
「では彼を放置するということですか?」
「いや……世間体もある。とりあえず監視はしておけ、良からぬ事を邪推しあらぬ事を企む奴もおるやもしれん」
「はっ!」

 ハルトマンを監視せよ


 この結果非嫡出児であるハルトマン様は命を失うことはなかったが、領国の安泰のため彼は監視下に置かれる結果になりました。これは彼の心に人を疑う心を植えつける結果になりましたが、それも仕方ないだろうと判断されました。彼はその後もこの非嫡出児の壁と牢獄に苦しむことになるのです。

 1068年6月には新たに子供が、そして翌月には当宮廷への仕官を望むものが来ました。そしてまた”一目惚れ(笑)”を引き起こしてしまいます。教会を領内に備えておきながらのこの蛮行はすぐに世の知るところであったのですが、そんな非難はどこ吹く風よと政務と子作りに励んでいったのです。
 この頃から領主に対する宮廷内での非嫡出児に対する伯爵の態度が高く評価されていました。非嫡出児の評価は相変わらず低いものでしたが、そんな可哀想な立場の人間にも慈悲を与えているという姿勢が共感を呼んでいたわけです。現実問題は人材不足というところなのですが……。年末にマラリアが発生するなどの事態も起きましたが、それ以上の問題は起きないはずだったのです、しかし……また手を出してしまいます。しかし事なきを得る事かなわず(?)、非嫡出児の誕生は避けることが出来なかったのです。
 そして翌1069年には最後の役者となるアドルフが誕生する。これによってウルリヒ2世、ポッポ、ハルトマン(非嫡出)、リュドゲール(非嫡出)、リヒガルトの新時代を担う6名が揃うことになるのです。


 子育てと政務に明け暮れている伯爵にとって、唯一の楽しみは子供達の楽しい時間でした。
「父様、赤ちゃんはどこから来るの?」
「…………………こ、コウノトリがね」
「父様、いつかボクも父様のような伯爵になれるでしょうか?」
「それはお前次第だ、息子よ、雄雄しく育つのだ」

 勿論そんな答え辛い質問も中にはあったようですが、致命的な事件は奥様の方の事でした。さすがに伯爵夫人も堪忍袋の緒が切れたのか伯爵と衝突なされた。
「貴方には信仰というものはないのかしら?! いつもどこかへ行けば必ずお子を連れて帰ってらっしゃる……私の立場もお考えになってはくれないのですか!」
「……………あ、愛している!」
「勝手にしてください!」

 さすがに今回ばかりは伯爵も懲りたのか、その後夫人とは仲直りをなされたようです。73年にはその証なのか、遍歴中の司祭を宮廷へ招きいれ、空席となっていた司祭の職を任せることになったのです。伯爵夫人からは「夫の不信心な行いは、逐一私に報告を入れるように」と言われたとか言われないとか……それは公然の秘密で御座います。

1073年の廷臣達
(()内は文中での表記。文中でも()表示はしているが、これは次回以降廃止する)

 1078年までには領内に悪党が跋扈したことにより減収し、財政状況は緊迫の度を増した。しかし家庭内に目を向ければ婦人との復縁、ハルトマン様、リュドゲール様の教育が始まり、不安はあったものの領国運営は安泰かと思われた。しかし76年に事態は一変する。

 ”ドイツ帝国分裂す、ケルンテン及びヴェローナ公爵独立を表明”

ドイツ帝国分裂す


 一枚岩と思われていた強大な帝国ドイツ帝国が遂に分裂したのです。独立を表明したのはケルンテン及びヴェローナ公爵である、ベルトホルト・フォン・ツェーリンゲン公爵でした(ケルンテン伯でもある)。当然ながらその傘下にいるクライン伯爵も同様に独立することと……この事態に廷臣達は戦々恐々としておいででした。

「もしドイツ帝国と一戦交えるとなったら、当家は終わりだ!」
「うちの兵力は集めても2000程度……帝国はその10倍は集めるだろう」
「独立し、ドイツへの再服属を申し出るべきだ!」
「そうなれば、ベルトホルトに踏み潰されるのがオチだ。すぐには応援は到着するまい……それに服属が受け入れられるかはまだわからん」

 そんな心配をよそに教皇様は「十字軍だ!」などという御戯言をお吐きになりあそばされたのですが、当伯爵家はそんな事には目を向けずに世界情勢に日々神経を尖らせおりました。
 1080年、次期当主のウルリヒ様が成人なされ、奥様探しが始まった。そんな中でも日々忠勤に励む元帥への褒章が出るなどがあり、その後にリヒガルト様が結婚なされました。早い段階での結婚の理由はヴェネチアを狙っていたウルリヒ様が、、その先方として送り込む策略があったからで御座います。クライン領がお世辞にも肥沃な大地ではない、であるならば肥沃な土地を得ると考えるのは至極当然な話となるわけです。

 この頃よりアクイレイア伯爵領との友好が始まる。仮に戦争となれば同盟国はあった方がいい、その為に留学生を積極的に受け入れているのです。そして84年に遂に念願のエンマ婦人とウルリヒ様とのご結婚が万来の喝采と共に執り行われ、その様子は筆舌に尽くしがたいほどの光景でありましたが、それはなによりも何度要請しても誰も見向きもしなかった、コマンド入力し終えた直後に速攻で拒否られたという経緯があるのです。子供達の成人を契機にウルリヒ1世は改革を断行し、今までの廷臣の配置を見直し一族による運営の方針へと切り替え、加えてポッポ様などのご結婚を加速させ、有能な人物を廷内に呼び込み、組織力の強化へと邁進することになります。しかしさすがにハルトマン様やリュドゲール様のご結婚は遅々として進まず、成人しても尚彼らは非嫡出児の壁と牢獄に苦しんでいるのでした。

 85年、お子様を身ごもったエンマ婦人は出産によって命を絶ってしまう。ここからがウルリヒ2世の地獄の始まりでもありました。迎え入れ直後の死去に廷内は動揺しましたが、何よりもウルリヒ1世にとっての悩みの種は、アドルフ様の放蕩振りでありました。ウルリヒ伯爵のお子である証明なのか、お子を身ごもらせてしまうという同じ過ちを繰り返してしいます。当然ながら父上であらせられるウルリヒ1世は

「フフッ、やるではないか」

 その後伯爵夫人のお部屋にて二人で説教を喰らったというのは、有名な話でございます。さらに伯爵を悩ませたのは、今まで非嫡出児であれど待遇に差異なく遇してきたことが裏目に出てしまったことです。86年には司祭に呼び出されハルトマン様の異端審議を行うと通告されました。自身の行いのツケではあったものの、彼は決して退くことはありませんでした。

「たしかにハルトマンは異端の者かもしれん。だがな……私の大事な息子達の一人でもあるのだ。もし我が子息達を異端として裁くのであれば、群青の鷲(フォン・ヴァイマール伯爵家の家紋)がご挨拶に参るので、その旨お忘れなく」

 教区長など教会関係者は歯軋りをして悔しがったと伝え聞いておりますが、その代償は受けることになりました。その後教区長は再三に渡って信仰を取り戻すようにと願ったものの、翌年没してしまいます。格別な働きがあったとして列福されたはしましたが、彼自身が満足しているのかは定かではありません。遍歴の末にクライン伯爵領へ召抱えられ、幾度も信仰よりも実益を重視する伯爵とは衝突し、世の人は彼は天使のお迎えが来ることを悟り、最後の大博打に打って出たのだと言う……真相は闇の中でございます。

 その当事者のハルトマンはこう考えていた。このような父上の顔に泥を塗るような真似になったのは、参謀としての私の働きが足りないからだと。その後は以前にも増して政務に励んでおりましたが、それが後の悲劇の遠因となったと言われております。度重なる非嫡出児へのあてつけ、誹謗中傷、中にはあんな罪なる子が参謀に登用され、私には役職がないのはおかしいとさえ言うものもおります。ただ彼は参謀として能力が極めつけに高く(策略19)、その任に堪えうるものは廷内にいなかったのです。彼は逆境に耐え成長し、その後最高の成果である隣国ヴェリア領の称号の請求権を持ち帰ることになるのです。その輝きの放ちぶりを伯爵はこのことを日記にこう記している。

”宮廷一の英雄、我が子息の中で最も罪なるものにして、最も神に愛されし男”

 と。88年に彼はヴェローナ伯爵のご息女セシリエ様とご結婚されることとなりました。当初はヴェローナ公爵の系譜に連なるヴェローナ伯爵のご息女を罪なる子に差し出すのか! とも囁かれていたものの、廷内での活躍を耳にした伯爵がGOサインを出したと聞き及んでおります。両家とも親交が深かったこともそれを助けたとも。

 このように順風満帆に思えた日々にもやはりウルリヒ2世の地獄は続いております。新しく迎えた妻マリエッタも出産によって母子共に死去……。幸いその前の奥様が残したお子がおりましたが、跡取りの男子ではなかったため、ウルリヒ様を大層焦っておられました。そんななかの89年に遂にハルトマン様が精神を病んでしまわれました。以前よりストレスが溜まっていると打ち明けてはおられましたが、激務をこなし続けるハルトマン様はきちんと医者にかかることなくストレスを放置し……精神を破壊してしまったというわけです。

 それえでもハルトマン様の冴えは完全に失われず、その後ニースの称号要求権を取得しました。これにより伯爵から感謝の言葉告げられ、同時に療養を勧められました。しかし能力的に低下しても尚、廷内で圧倒的な存在感と力を誇るハルトマン様はその任に堪えうるものはなく、私はなんの支障も御座いませんといい続投されました。精神的に崩壊しつつあるハルトマン様はこのとき人生を完全に神へと預けてしまったのかもしれません。

1090年の欧州事情


 90年になるとドイツ帝国に異変が生じます。詳細は不明ながらドイツ帝国は四分五裂へと空中分解し、各領主達が独立したのです。これにより廷内は危機は去ったというものが増えましたが、伯爵だけは「東に黒く獰猛な犬がいるかもしれんな」と呟いておいでえでした。事実後のことを見抜いていたのです。このときは皆ビザンツ帝国のイスラムによる侵食とお考えでした。事実ビザンツ帝国はアナトリアの中央部分を食い破られており、キリスト教世界の壁が崩壊しつつあると考えておりました。同年ハルトマン様の心はさらに蝕まれ、遂にはその任すらまっとう出来ないのではないか? と言われ始めます。同時にリュドゲール様への非難も増え始め、暗殺するべきであると告げる廷臣もおりました。しかし伯爵は決して首を縦に振ることなく、その話も沙汰止みとなったのです。

 この頃から兄弟の間にも亀裂が生じ始めております。アドルフ様はその性格からか、非常に多くの危険な発言をしており、特に特定はしておりませんが非嫡出児への待遇が度を越していると伯爵に直に仰ることも増えてまいりました。

 外交面ではインスブルック伯爵領との人材交流が盛んに行われるようになりました。この頃より公爵領の将来を憂いてか内々に同盟を結びたいという国が増えておりました。



 そして1092年……。領土内の教会の鐘という鐘が一斉に鳴り、その鐘の連鎖は遥か地平線を超え、旧ドイツ帝国内の旧臣たちも聞くこととなりました。この鐘の音を聞いたブランデンブルグ家のウルリヒ1世の遠戚(父の兄弟の曾孫?)であらせられたオダ様は、クライン伯爵領より届いた鐘だと知るやいなや涙したと伝え聞いております。
 1092年4月5日、激動の57年間をただひたすらに政務と子供の将来のために燃やし尽くした人生でございました。そして新しい世代へと歴史は動いていくのでございます……。


 クライン及びイストリア伯爵領史 第一巻 第一幕 〜ウルリヒ・フォン・ヴァイマール1世とその廷臣達〜
2008.05.09 Fri l Crusader Kings DV l COM(4) TB(0) l top ▲

コメント

No title
 ヽ(´ー`)ノ 拍手感謝です。

 この章ではデフォ当主の生涯を切り抜いて書きました。本当は複数に分割した方がいいかなと思ったのですが、さすがに世界情勢が分からない上に、始めたばかり、子孫増やし以外することがないということでこうなりました。

 このゲームは私的にかなりアタリなので、何回もやりたくなりますね。HoI2と違って忙しくないのがいいです。おまけに親戚とか血族なんて話が出てくるあたり、私のツボを刺激してくれます(笑)
2008.05.11 Sun l 雑念雲. URL l 編集
No title
 拍手感謝です(>Д<)ゝ

 最近はプレイが止まっているのです。理由は今後の発展に対してどうして行くか明確な目標が決まってないからです。十字軍国家もいいですが、蒙古襲来を警戒しなければなりませんし。一説には10万近い軍勢を擁しているとも聞き、かなりビビッてます(笑)ただこちらはすでに数万規模の軍隊を持っているので、いい勝負は出来るんじゃないか? なんて期待している部分はあります。
2008.05.20 Tue l 雑念雲. URL l 編集
No title
 拍手感謝です(´Д⊂

 Part3へと続きますが、それ以降の更新はしばらくないかもしれません。理由はちょっとお時間がということです(笑)ただ本当はすぐにでも書きたいんですよね。あまりネタバレしても仕方ないと思うので詳しくは言いませんが、とりあえず凄まじく展開が速くなるかもしれません。今までは比較的穏やかだった世界が一変する、そんな感じです。(CKユーザーには見慣れた光景かとは思いますが)
2008.05.27 Tue l 雑念雲. URL l 編集
驚きは隠せず…
 (>Д<)ゝ 拍手感謝です。

 なんだろう。なぜこのAAR記事はこんなに拍手をもらえるのか、不思議でなりません。結構時系列をただ説明する、小学生の読書感想文的な内容なんですけどね(笑)

 個人的にこのウルリヒ1世の治世は本当に楽しかったです。まずはハルトマン、非嫡出児でしたが参謀としては神クラスでした。ただ色々あったから印象深いのか、なんか思いいれがあります。
2008.07.20 Sun l 雑念雲. URL l 編集

コメントの投稿












       

トラックバック

トラックバックURL
→http://kiosuku24.blog107.fc2.com/tb.php/344-7035c20b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)